ゴレ島。西アフリカ奴隷貿易の負の遺産
【ゴレ島訪問】
本日はセネガルに来たら絶対行くと決めていたゴレ島へ。
ゴレ島はダカールのPlateayからフェリーに乗り30分程で到着します。パスポートを提示しないと通してくれないのですが、1000F(約200円)賄賂払ったら通してくれました笑笑
ゴレ島概要
西アフリカの奴隷貿易があった負の遺産として有名なゴレ島ですが、2000人の住民が暮らす観光地化された場所です。住民の8割はキリスト教徒でキリスト教の行事の際にはイスラム教徒も、イスラム教の行事の際にはキリスト教徒も行事に参加するなどなかなか興味深い宗教事情でした。
ゴレ島には上位100人程度しかはいれない超難関の女学校があり、全寮制で弁護士や国際機関を目指すハイレベルの女子達が通うそうです。
奴隷の家以外は絵画やネックレスなど観光者向けにビジネスを営む人が多く、押し売りの激しさに若干疲れましたがとても良い観光スポットだと思います。
奴隷の家
写真の赤っぽい壁の家が奴隷の家です。思っていたよりもかなり小さい家でした。
奴隷の家は実際に奴隷たちが収容されていたスペースがそのまま残っており男女、子供、妊婦で分けられていました。2階には実際に奴隷達がつけられていた首輪や足枷なども展示しており当時の状況を描いた絵画なども展示してあります。
人権と奴隷貿易
64 大西洋越え奴隷貿易とアフリカ人とその子孫の奴隷制は、人道に対する罪、また、人類の歴史における類例のない悲劇であったし、かつ、その根源と基礎が経済的・組織的・制度的であり、さらに規模において超国家的であったことを、われわれは確認する。
69 アフリカの発展は、人道に対する罪である奴隷貿易および奴隷制、植民地化さらにその他の形態の搾取によって作り出された地球的規模の権力の不均衡によって大きく阻害されてきたこと、そして、それは、アフリカの人的、物的資源の収奪、対外債務返済による資金の流出などを含む新植民地主義の経済政策や慣行によって維持されており、また、とりわけ拡大されていることを、われわれは認識する。これらのいまわしい罪の遺産は、アフリカで今日見られる戦争、難民の発生、その不安定な社会、経済状況に明らかにされている。
-The NGO Forum Declaration:2001-
大西洋奴隷貿易は終わりましたがアフリカでは(勿論アフリカ以外でも)、依然として人身売買、奴隷の取引は存在しています。ここセネガルも例外ではありません。
Human Rightsを私たちはどう捉えるべきか。
むらかみ
男性が収監されていた場所。
キリスト教の教会。
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